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東京地方裁判所 平成8年(ワ)15601号 判決

原告 佐藤元泰

原告 佐藤愛子

右両名訴訟代理人弁護士 澤藤統一郎

同 安東宏三

被告 医療法人社団東壽会

右代表者理事長 松峯寿美

右訴訟代理人弁護士 高田利廣

同 小海正勝

右高田利廣訴訟復代理人弁護士 加藤雅明

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金二二五一万七九六三円及び右各金員に対する平成八年九月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、それぞれ三六一六万二七五一円及び右各金員に対する平成八年九月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが、被告の開設・経営する産婦人科診療所において出生した原告らの子が仮死状態で出生し、その後死亡したのは、右診療所の担当医師の注意義務違反によるものであり、診療契約上の債務不履行に当たると主張し、債務不履行責任に基づき、被告に対し、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(末尾に証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)

1(一)  原告佐藤元泰及び原告佐藤愛子(以下「原告愛子」という。)は、佐藤俊輔(平成六年五月九日生、同月二一日死亡。以下「俊輔」という。)の父母である。

(二)  被告は東京都江東区木場五丁目三番一〇号において東峯婦人クリニック(産婦人科診療所。以下「被告医院」という。)を開設・経営している医療法人であり、松峯寿美医師(以下「松峯医師」という。)は、被告の代表者で産婦人科医師である。

2  原告愛子は、被告医院に入院した平成六年五月九日までに、被告との間において、原告愛子及びその胎児について、右胎児を出産するに当たり適切な診療行為を行う旨の準委任契約(以下「本件診療契約」という。)を締結した。

3(一)  原告愛子は、平成五年一一月八日、被告医院を受診して妊娠の診断を受け、それ以降被告医院に通院して定期検診を受けたが、その間身体に何ら異常はなく、順調に推移した。

(二)  原告愛子は、平成六年五月九日午前一一時ころ陣痛が発来し、松峯医師の指示に従い、同日正午ころ被告医院に入院した。

(三)  原告愛子は、同日午後三時四〇分、被告医院において、俊輔を分娩した。

4(一)  俊輔は、仮死状態(自発呼吸がなかった。)で出生し、仮死状態が続いたため、同日午後四時三八分ころ、東京女子医科大学母子総合医療センター(以下「本件医療センター」という。)に搬送された(搬送の時刻につき、甲六、証人渡辺とよ子)。

(二)  俊輔は、本件医療センターにおいて治療を受けたが、自発呼吸がないまま、同月二一日午後三時三三分、死亡した(死亡の時刻につき、甲二、六)。

(三)  東京女子医科大学病院医師佐久間泉(以下「佐久間医師」という。)作成に係る死亡診断書(甲二)には、俊輔の直接の死因として「低酸素性虚血性脳症」、その原因として「新生児仮死」との記載が存する。

二  本件の争点

1  俊輔の死亡原因

2  被告の債務不履行の有無

(一) 分娩監視義務違反の有無

(二) 蘇生義務違反の有無

3  損害

三  争点に関する当事者の主張

1  俊輔の死亡原因

(一) 原告らの主張

俊輔は、既に出生前において胎児仮死の状態に陥っており、出生後も新生児仮死の状態が継続したため、新生児仮死を原因とする低酸素性虚血性脳症により死亡したものである。

俊輔が胎児仮死に陥っていたことは、分娩監視記録上、平成六年五月九日午後三時二八分から三一分にかけて及び午後三時三八分に胎児仮死の徴候である一過性徐脈が現われ、午後三時三五分から四〇分にかけて胎児貧血の所見であるサイヌソイダル・パターン(ジヌソイダル・パターンともいう。)が現われていること、原告愛子のカルテに胎児仮死の記載があることなどから明らかというべきであり、また、これらの事実に照らすと、原告愛子に分娩監視装置が装着される午後三時一八分以前においても、俊輔が胎児仮死に陥っていたことが推測される。

(二) 被告の主張

分娩監視記録上、俊輔については、(1) 胎児仮死の徴候である高度徐脈の存在、高度変動一過性徐脈の存在、心拍数基線細変動の消失、遅発一過性徐脈の存在はいずれも認められず、(2) かえって、午後三時二六分から二七分にかけて一過性頻脈の存在を認めることができるから、俊輔は胎児仮死の状況にはなかった。このように、分娩中は俊輔について胎児仮死の徴候が認められないのであって、新生児仮死の原因は不明である。

俊輔の死因は、出産時において、産道の異常、特に産道の機能的強靱のため強い産道内出血を来し、脳障害を生じたことによるものである。

2  被告の債務不履行の有無

(一) 分娩監視義務違反の有無

(1)  原告らの主張

分娩介助を担当する医師は、診療契約に基づき、分娩の経過を適切に監視し、万一胎児仮死の徴候を把握した場合には、鉗子分娩、吸引分娩及び帝王切開などの急速遂娩を行うなどして、胎児の安全の確保に最善を尽くすべき注意義務を負う。そして、俊輔は、分娩監視装置を装着する以前から既に胎児仮死の状態に陥っていたのであるから、原告愛子の分娩を介助していた松峯医師には、俊輔の胎児仮死の徴候を速やかに把握し、急速遂娩を実施するなどして、俊輔の安全の確保に最善を尽くす義務があった。

ところが、松峯医師は、<1>事前検査として、ノン・ストレステストなど、妊娠末期における胎児の状態を確認する試みを行わなかったばかりか、<2>触診及び心音の聴取により分娩の異常を感知することができるとして、分娩監視装置のうち胎児心拍プローブを原告愛子に装着しただけで、陣痛プローブを装着せず、<3>他に二名の産婦の分娩が原告愛子の分娩と同時進行していたところ、原告愛子の許を離れて他の二名の産婦の分娩介助を行い、原告愛子の分娩介助業務を放棄した。このように、松峯医師は、原告愛子の分娩監視義務を怠り、分娩まで俊輔の胎児仮死の存在に気付かず、帝王切開などの急速遂娩を行わなかった。

(2)  被告の主張

俊輔は胎児仮死の状態にはなかったから、俊輔が胎児仮死の徴候を示していたことを前提とする原告らの主張は失当である。

また、陣痛プローブを装着しないでも、胎児心拍プローブの装着により胎児心音を聴取することはでき、五分おきに胎児心拍数パターンの判定及び評価がなされた。松峯医師は、他の産婦の分娩を介助したが、これに先立ち分娩の同時進行を予見し、医師佐藤美枝子(以下「佐藤医師」という。)に原告愛子の足元で分娩進行を監視させた。そして、松峯医師が他の産婦の分娩を介助していたのは原告愛子が横たわっていた分娩台とカーテン一枚で隔てられていた区画であり、俊輔の胎児心音を十分聴取することができ、現に松峯医師は俊輔の胎児心音を聴取して胎児心拍数パターンを監視していたのである。したがって、松峯医師には、分娩監視義務違反はなかった。

(二) 蘇生義務違反の有無

(1)  原告らの主張

松峯医師は、人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者として、その業務の性質に照らし、危険防止のために必要とされる最善の注意義務を負っていた。具体的には、アプガースコア二点の仮死新生児として出生した俊輔に対し、酸素を投与し気管内挿管を行うなど適切かつ迅速な蘇生措置を施し、俊輔を低酸素状態から脱出させるべき義務を負っていた。そして、松峯医師がこのような措置を施していれば、俊輔は十分蘇生可能であった。

ところが、松峯医師は、俊輔に対しアンビューバッグを装着したものの、ボンベから高濃度の酸素(又は純酸素)を投与せず、かつ、酸素を確実に肺に送るための基本的な手技である気管内挿管を実施することもなく、東京都立築地産院(以下「築地産院」という。)の医師渡辺とよ子(以下「渡辺医師」という。)が俊輔に対し気管内挿管をし純酸素を投与するまでの四五分間にわたり、俊輔を酸素欠亡の状態におき、その結果、俊輔が低酸素性虚血性脳症により死亡したのである。したがって、松峯医師は適切な蘇生措置を怠ったというべきである。

(2)  被告の主張

前述のとおり、俊輔の死因は、出産時において強い頭蓋内出血を来し、脳障害を生じたことによるものであり、俊輔はこの脳障害のため重症仮死で出生し、救命不可能な状態であった。したがって、松峯医師に蘇生義務違反や過失はない。

また、松峯医師は、俊輔の分娩後、佐藤医師と協力しつつ、俊輔にエアーウェイを挿入したが、気道確保が不十分であったためはずし、すぐにアンビューバッグを利用してマスク・アンド・バッグ法により一〇〇パーセントの酸素投与を開始した。また、松峯医師は、俊輔の臍静脈から臍カテーテルを挿入し、メイロン及びブドウ糖を投与し、胸郭マッサージを行った。これらの蘇生術により、開始後約六分後に俊輔のチアノーゼは解除され、経皮的心拍動脈血酸素飽和度計により、心拍数は一六〇/分、酸素についても八七パーセントを確認できた。しかし、依然として自発的呼吸が確認できなかったため、松峯医師は看護婦に指示し、電話で築地産院の渡辺医師に対し応援を依頼した。このように、松峯医師は俊輔に対し適切な蘇生措置を施したから、蘇生措置義務違反や過失はない。

3  損害

(原告らの主張)

(一) 逸失利益

俊輔は、死亡当時、満零歳の男子であるから、少なくとも一八歳から六七歳まで稼働が可能であり、その間、年間五五七万二八〇〇円(平成六年賃金センサス第一巻第一表の男子全年齢平均賃金年額)を得ることができたものであり、生活費控除率を五〇パーセントとして、新ホフマン法により俊輔の逸失利益を計算すると、その額は四五七四万〇四五八円となる。

(二) 慰謝料

俊輔の死亡による精神的苦痛を金銭により評価すると、二〇〇〇万円を下回るものではない。

(三) 相続

原告らは、俊輔の両親として、それぞれ、右(一)及び(二)の合計額の二分の一宛を相続した。

(四) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人弁護士らに本件訴訟の追行を委任し、東京弁護士会報酬会規所定の弁護士報酬を支払う旨約したところ、被告は、このうち、右合計額の一割相当額である六五七万五〇四五円(円未満切捨て)について、本件医療事故と相当因果関係のある損害として負担すべきである。

第三争点に対する判断

一  原告愛子の妊娠及び分娩の経過等について

1  原告愛子の妊娠及び分娩の経過

前記第二の一の事実、証拠(甲一、四、八、乙一、五ないし七、原告愛子本人、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告愛子は、平成五年一一月八日、被告医院を受診して妊娠の診断を受け、それ以降被告医院に通院して定期検診を受けたが、その間身体に何ら異常はなく、順調に推移した。原告愛子は、それまで三名の男子を出産したが、原告愛子の産道には一部通りにくい部分があったため、いずれも難産であり、長男及び二男の出産の際にはいずれも吸引により分娩しており、原告愛子は、平成六年三月の定期検診の際に、松峯医師に右事実を話した。(甲一、四、八、乙一、原告愛子本人)

(二) 原告愛子は、平成六年五月九日午前九時三〇分ころ、定期検診のため被告医院に赴き、松峯医師の診察を受けたところ、松峯医師は、原告愛子に対し、子宮口が三センチメートル開いている旨を述べ、陣痛が始まったら入院するように指示した。原告愛子は、同日午前一一時三〇分ころ帰宅したが、その途端に陣痛が始まったので、同日午後零時ころ、被告医院に入院した。松峯医師は、その際、原告愛子を診察したところ、児心音一五三/分、子宮口開大三センチメートル、ステーション三、展退率八〇パーセントであった。(以下、平成六年五月九日については時刻のみで表示する。甲四、八、乙一、原告愛子本人、被告代表者)

(三) その後午後三時までの原告愛子の状態は次のとおりであった(乙一)。

(1)  午後零時四〇分 児心音一五八/分、子宮口開大五センチメートル、ステーション三

(2)  午後一時 児心音一五五/分、子宮口開大六センチメートル、ステーション二

(3)  午後一時三〇分 児心音一五三/分、子宮口開大七センチメートル、ステーション一

(4)  午後二時 児心音一五五/分、子宮口開大七センチメートル、ステーション一

(5)  午後二時五四分 児心音一五五/分、子宮口開大八センチメートル、ステーション一、人工破膜、羊水の混濁なし

(四) 午後三時、原告愛子は、松峯医師に対し怒責感を訴え、松峯医師の指示により、分娩台に上がった。このとき、原告愛子の児心音は一五五/分であった。

被告医院の分娩室には、分娩台一台のほか、畳が敷かれた区画があり、両者は一枚のカーテンで仕切られていた。当日は、原告愛子のほか、産婦二名(以下「産婦A」、「産婦B」という。)が出産のため被告医院に入院しており、産婦A及び産婦Bは、畳の区画で出産の準備をしていた。看護婦として約三〇年の経歴を有する看護婦石川和子(以下「石川看護婦」という。)は、分娩台の横に立ち、原告愛子の出産を介助していた。(甲四、八、乙一、五ないし七、原告愛子本人、被告代表者)

(五) 午後三時一〇分、原告愛子の子宮口開大は辺縁まで達する状態であった(乙一)。

(六) 午後三時一五分、産婦Aは、畳の区画で女児を分娩した。このとき、松峯医師は、産婦Aの分娩を介助するため、午後三時一五分から産婦Aの胎盤を娩出した午後三時一七分まで、原告愛子から離れていた。

なお、産婦Aは、午後二時三九分、分娩監視装置が一旦装着されたが、午後二時四七分までに外され、その後右装置を装着することなく分娩に至った(胎児心拍プローブ、陣痛プローブの双方又はそのいずれが装着されたかは不明である。)。(甲六、乙五、七、被告代表者)

(七) 松峯医師は、原告愛子に対し、分娩監視装置につき、陣痛プローブは装着せず、胎児心拍プローブのみを装着し、午後三時一八分から胎児心拍数の測定を開始した(乙一、七、原告愛子本人、被告代表者)。

(八) 午後三時二〇分、原告愛子の子宮口開大は全開まで達した。このときの児心音は一五五/分であった。(乙一)

(九) 原告愛子に装着された分娩監視装置記録(胎児心拍図)には、午後三時二五分の前後及び午後三時二八分から三一分にかけて、それぞれ徐脈を示す曲線が記録されている。また、原告愛子の胎児心拍図上、午後三時二六分から二七分ころまでの間、基線を一四〇/分と仮定すると、一過性頻脈と判断することができる曲線が記録されている。そして、午後三時三〇分から俊輔の娩出時にかけて、サイヌソイダル・パターンに類似する曲線が記録されている。(乙一、四の1、2、七、被告代表者)

(一〇) 午後三時三六分、産婦Bは畳の区画で女児を分娩し、松峯医師は、その介助に当たった。なお、これに先立ち、産婦Bが「いきみたい。」と叫んだので、松峯医師は、原告愛子の分娩と産婦Bの分娩が同時に進行すると判断し、看護婦に対し、被告医院の一階の外来診察室にいた佐藤医師を電話で呼ぶように指示した。佐藤医師は、午後三時二七分ころ分娩室に到着し、松峯医師の指示に従い、分娩台の上にいた原告愛子の足元に立ち、原告愛子の分娩を介助することとした。

産婦Bは、午後二時四七分、分娩監視装置が一旦装着されたが、午後三時一八分までに外され、その後右装置を装着することなく分娩に至った(胎児心拍プローブ、陣痛プローブの双方又はそのいずれが装着されたかは不明である。)。(乙六、七、被告代表者、弁論の全趣旨)

(一一) 午後三時三八分、原告愛子は排臨の状態であった。このころ、佐藤医師は、原告愛子の分娩経過表に、「一過性徐脈あるも回復す」との趣旨の記載をした。(乙一、被告代表者)

(一二) 午後三時四〇分、原告愛子は俊輔を分娩した。俊輔は、出生時、体重三五四六グラム、心拍数一〇〇以下/分、四肢チアノーゼで、アプガースコアは二点であって、自発的呼吸がみられず、仮死状態であった。(乙一、七、被告代表者)

(一三) なお、松峯医師は、原告愛子の胎盤を病理検査に出すに当たり、自らの診断として、胎児仮死との所見を記載した。また、石川看護婦も、原告愛子及び俊輔を本件医療センターに搬送するに当たり作成したメモに、胎児仮死と記載した。(乙一、被告代表者)

以上の事実が認められる。被告代表者は、原告愛子に陣痛プローブを装着しなかったのは、原告愛子がその装着を強く拒否したためである旨供述するが、右供述は、証拠(甲四、原告愛子本人)及び産婦A、産婦Bはいずれも分娩監視装置を全く装着しない状態で分娩したこと等に照らすと、容易に信用することができない。

2  俊輔に対する蘇生措置について

前記第二の一の事実、証拠(甲三の1ないし5、六、乙一、七、証人渡辺とよ子、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 松峯医師は、娩出直後俊輔の第一涕泣がなかったことから、第一涕泣を促すため、顔面を払拭した上、鼻腔や咽頭など気道部の粘液を吸引除去し、背部に刺激を加え、また、佐藤医師とともに、CPAP(陽圧呼吸補助器)により呼吸刺激を行ったが、第一涕泣はみられなかった(乙七、被告代表者)。

(二) 松峯医師は、分娩台の上では気道確保がしづらく、俊輔の体温が低下すると考え、俊輔を保温ベッドに移動し、経皮的心拍オキシメーターを装着した上、俊輔の臍静脈にカテーテルを挿入し、五パーセントブドウ糖二〇ミリリットルの中にメイロンを入れ、輸液を開始し、俊輔の心臓に直接ボスミンを注射した。また、佐藤医師は、俊輔の心臓マッサージを施行した。(乙一、七、被告代表者)

(三) また、松峯医師は、気管内挿管を行うべく、俊輔の口内にエアーウェイを挿入したが、気道の確保が不十分であったためこれを取り外し、口にマスクをあてた上、アンビューバッグにより人工呼吸を行った。しかし、そのアンビューバッグには酸素ボンベが接続されていなかった。(乙七、証人渡辺とよ子、被告代表者)

(四) これらの措置によっても、俊輔には自発的呼吸がみられなかったため、松峯医師は、午後四時ころ、築地産院の渡辺医師に対し、電話で、重症の仮死の子が産まれたとして、俊輔の築地産院への入院を依頼した。しかし、当時築地産院は満床のため俊輔を受け入れる余裕がなかったため、渡辺医師は松峯医師の依頼を断り、一旦電話を切った。ところが、その一、二分後、再び松峯医師は渡辺医師に電話をし、蘇生の応援を依頼した。そこで、渡辺医師は、蘇生のための器具を救急車に積んで築地産院を出発し、午後四時二五分ころ被告医院に到着した。(甲三の3、4、六、乙七、証人渡辺とよ子、被告代表者)

(五) 渡辺医師が分娩室に入ったとき、俊輔は、全身蒼白でぐったりとしており、アプガースコアの項目のうち皮膚の色については〇点に該当する状態であった。俊輔の頭の辺りでは、佐藤医師がアンビューバッグにより人工呼吸を行っていたが、右のとおり、そのアンビューバッグには酸素ボンベが接続されていなかった。そこで、渡辺医師は、酸素ボンベを探し、ジャクソン・リース法により、俊輔に対し人工呼吸を開始したところ、俊輔の皮膚の色は直ちに赤くなった。渡辺医師は直ちに気管内挿管をし、そのチューブにバッグを接続し、人工呼吸を行った。(甲三の3、4、証人渡辺とよ子)

(六) 渡辺医師は、俊輔の心拍数が一〇〇/分以上あることを確認し、午後四時三八分ころ、被告医院を出発し、俊輔を本件医療センターに搬送した(甲三の3、4、六、証人渡辺とよ子)。

以上の事実が認められる。被告は、松峯医師は俊輔に対しアンビューバッグにより純酸素を投入した旨主張し、被告代表者はこれに沿う供述をし、乙第七号証(被告代表者)にも同旨の供述記載があるが、これらは、証拠(乙一、甲六、証人渡辺とよ子)に照らして容易に信用することができない。

3  本件医療センター入院後の経過について

前記第二の一の事実、証拠(甲二、六、乙一、原告愛子本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 俊輔は、午後五時一三分ころ、本件医療センターに搬入された。俊輔は、それ以降本件医療センターに入院して代謝性アシドーシス等に対する治療を受け、呼吸循環動態は安定したが、自発呼吸はなく、神経学的にも無反応であった。(甲六、原告愛子本人、弁論の全趣旨)

(二) 俊輔は、生後七日から脳の変性が著明になり、灰白質と白質との区別がほとんどなく、小脳及び脳幹部も萎縮していた。佐久間医師は、これらの変化は不可逆的であると考え、原告らの承諾を得た上、同月二一日、俊輔を人工呼吸器から離脱した。俊輔は、同日午後三時三三分、死亡した。(甲二、六、乙一、原告愛子本人、弁論の全趣旨)

(三) 佐久間医師は、俊輔の直接の死因を低酸素性虚血性脳症と、その原因を新生児仮死と診断した(甲二、乙一)。

二  俊輔の死亡原因等について

1  俊輔の死亡原因について

(一) 証拠(甲九ないし一三、乙二、証人渡辺とよ子)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  新生児仮死とは、出生時にみられる新生児の呼吸、循環不全を主徴とする症候群をいう。新生児仮死の場合、初発呼吸の開発が遅れるため、血液内の低酸素状態が継続することとなり、仮死、すなわち低酸素の程度及び持続時間によっては、第二次的に脳等の中枢神経系に不可逆的な障害を起こし、新生児の死亡、脳性麻痺を招来することがあるとされている。新生児仮死のリスク因子は、多岐にわたり、胎児仮死から引き続き起こる場合が特に多いが、希には胎児心拍数に少しも変化がないのに娩出と同時に新生児仮死が出現することもあるとされている。

(2)  新生児仮死の程度を評価する方法としては、アプガースコアが広く用いられている。アプガースコアは、心拍数、呼吸、皮膚色といった呼吸循環系の症状及び筋緊張、刺激に対する反応といった中枢神経系の状態の計五項目について、それぞれ〇点、一点、二点の三段階で評価してそれらを合計したものであり、一般に、スコアが八点ないし一〇点であれば正常、四点ないし七点であれば軽度仮死、〇点ないし三点であれば重度仮死と判断する。アプガースコアは、通常、出生一分後に判定したものを基礎として用いるが、中枢神経系の予後は、出生五分後のアプガースコアに密接に関連するとされている。

(3)  仮死状態で出生した新生児に対しては、先ず短時間で口鼻腔・咽頭・咽頭の吸引物(羊水等)を吸引するが、その後に取るべき措置は、仮死の程度及び新生児の状況によって異なり、単に酸素マスクを当てて酸素を投与する方法、バッグ・アンド・マスクによる方法、気管内に挿管する方法がある。バッグ・アンド・マスクによる方法は、換気の点では必ずしも完全な方法ではないが、気管内挿管による方法は、気道確保の手段として最も確実な方法であり、長期間にわたって大きな換気効果が期待できる。

(4)  重度仮死の場合は、一分間程度バッグ・アンド・マスクによる方法を行って酸素を投与した上で、気管内挿管を行い、心拍数が弱ければ合わせて心臓マッサージを行う。バッグ・アンド・マスクによる方法としては、アンビューバッグ、ジャクソン・リース等があり、バッグの後端に接続されたチューブやチューブと接続されたコネクターを酸素ボンベに接続することにより酸素(純酸素又は濃度八〇パーセントの酸素)を供給する。アンビューバッグは、酸素ボンベに接続しなくとも作動可能であるが、酸素ボンベに接続されていない場合は、濃度四〇パーセント以上の酸素を投与することは不可能とされている。

(二) 右(一)の事実と前記一の2、3の事実によれば、俊輔は、新生児仮死による低酸素状態が継続したことによって、脳に不可逆的な障害が生じ、低酸素性虚血性脳症により死亡したものと認められる。

2  胎児仮死の有無について

(一) 証拠(甲五、一四、乙二、三、四の1、2、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  胎児仮死とは、胎児胎盤系における胎児の呼吸、循環不全を主徴とする症候群をいう。胎児仮死の主要な原因としては、子宮収縮による子宮胎盤血流減少、胎盤機能不全、臍帯異常等による低酸素状態が挙げられる。胎児仮死の主要症状としては、胎児心拍数の異常、胎便漏出による羊水混濁等がある。胎児仮死は、分娩前、分娩中のいずれにも生じ得るが、分娩中は子宮収縮によるストレスが生じるため、より胎児仮死に陥りやすい。胎児仮死の経過時間が長いほど胎児仮死は高度となり、不可逆的な脳障害をもたらす危険性が大きくなる。

(2)  胎児仮死の存在は、胎児心拍数の異常により診断することが可能であり、高度徐脈の持続、遅発一過性徐脈、高度変動一過性徐脈、心拍数基線細変動の消失が認められるときは胎児仮死の状態にあると判断され、特に遅発一過性徐脈は軽度なものであっても胎児が重度の酸素不足に陥っていることを意味するとされる。サイヌソイダル・パターンとは、胎児心拍図上、基線の長期細変動が規則的に上下動し、サイン曲線に類似する曲線を描く現象を指し、波状のパターンが少なくとも一〇分間は持続し、毎分三ないし五サイクルで、その幅が基線の上下五ないし一五/分という比較的固定した周期をもつサイヌソイダル・パターンは、胎児貧血、ひいては胎児仮死を示すものとされる。

(3)  分娩監視装置は、これらの胎児心拍数の変化を常時監視するために開発された装置であり、胎児心拍数計(胎児心拍プローブ)及び陣痛計(陣痛プローブ)により胎児心拍数を胎児心拍図に、陣痛及び胎動に関する情報を陣痛図に連続的に記録するものであり、これらを観察することにより、遅発一過性徐脈、心拍数基線細変動の消失等の出現を容易に診断することができる。

(4)  胎児仮死が存在する場合には、直ちに胎児の酸素不足を解消する措置として、母体に対する酸素投与、母体の体位変換等の措置を施し、これらの措置によっても酸素不足が解消しないときは、吸引分娩、鉗子分娩、帝王切開等の急速遂娩術により胎児を速やかに娩出させて蘇生させる必要がある。なお、帝王切開については、麻酔等の準備、切開等のため、その実施を決定してから児の娩出までに三〇分以上の時間を要するとされている。

(二) 右(一)の事実、前記1の(一)の事実及び前記一の事実によれば、俊輔は新生児仮死であったところ、新生児仮死は胎児仮死から生じることが多いとされており、原告愛子に装着された分娩監視装置(胎児心拍図)上、遅発一過性徐脈の可能性の高い徐脈やサイヌソイダルパターンと考えられる現象が現われていたのである。そして、原告愛子のカルテには胎児仮死の記載があり、この事実によると、松峯医師も原告愛子の分娩直後には胎児仮死が存在した旨の診断をしていたことが認められる。これらの事実によれば、俊輔は新生児仮死に先立ち胎児仮死の状態にあったものと推認することができる。

これに対し、被告は、(1) 新生児仮死は胎児仮死から生じることが多いといっても例外がないわけではない、(2) 原告愛子に陣痛プローブが装着されなかった結果、胎児心拍図上現れた徐脈は、胎児仮死か否かを判断するに当たり最も警戒すべき現象である遅発一過性徐脈であると断定することはできず、(3) かえって、胎児心拍図上胎児の状態が良好であることを示す現象である一過性頻脈が現れていると解する余地がある、(4) 俊輔を分娩するに当たり、原告愛子の産道の状態が影響を及ぼさなかったとはいえないと主張し、被告代表者はこれに沿う供述をする。

しかし、(1) の点については、胎児心拍数に少しも変化がないのに娩出と同時に新生児仮死が出現することがあることは前記1の(一)の(1) 認定のとおりであるが、このようなケースが稀であることも前記1の(一)の(1) 認定のとおりである。また、(2) の点については、確かに、陣痛図がない結果、胎児心拍図上現れた徐脈が遅発一過性徐脈であると断定することは困難であるものの、前記一の1認定の事実によれば、佐藤医師は原告愛子の分娩経過表に「一過性徐脈あるも回復す。」との趣旨を記載したところ、陣痛に伴う早発一過性徐脈は自然なもので不安なものとはされていないこと(甲五、一四、乙三、四の1、2)を考慮すると、右一過性徐脈は遅発一過性徐脈であった可能性が高いというべきである。そして、(3) の点について、被告代表者は、俊輔の胎児心拍図で一四〇前後が多かったので一四〇回前後を基線と考えた旨供述するが、俊輔の胎児心拍図や午後零時から三時一〇分ころまでのドップラー式聴診法の結果に照らすと、そのようにいえるかは疑問であり、基線を一四〇回として俊輔の胎児心拍図上に一過性頻脈が現われていると認めることは困難であって、(4) の点については、これを疑わせる証拠はない。したがって、被告主張の点は右の推認を妨げるものではなく、他に右推認を左右するに足りる証拠はない。

三  被告の債務不履行について

1  分娩監視義務違反について

(一) 松峯医師らが行った分娩監視は前記一の1認定のとおりであり、また、証拠(乙一、被告代表者)によれば、松峯医師は、原告愛子に対して、分娩監視装置を利用したノン・ストレステストを行わなかったことが認められる。

(二) 証拠(甲五、乙四の1、2)によれば、分娩前及び分娩時の分娩監視について、次の事実を認めることができる。

(1)  ノン・ストレステストとは、妊娠末期の妊婦に分娩監視装置を装着し、何も負荷しない自然な状態で記録された胎児心拍陣痛図の所見から胎児の健康状態を評価する胎児・胎盤機能検査法であり、この方法により胎児血の酸素化の良否を非観血的かつ正確に鑑別することができるとされ、ハイ・リスク妊婦では必ず全例施行し、それ以外の妊婦にも施行することが望ましいとされている。

(2)  分娩時の分娩監視装置の使用につき、産婦の入院時の管理として、分娩第一期(分娩開始から子宮口開大までの間)においては、少なくとも三〇分ないし六〇分間分娩監視装置を装着すべきであるが、分娩第二期(外子宮口が全開大してから胎児の娩出を終わるまでの間)においては、胎児仮死の発生頻度が第一期に比べて高くなるため、児娩出まで分娩監視装置をつけて監視すべきであるとされている。

しかし、他方で、分娩監視装置の意義は否定できないが、その結果である胎児心拍陣痛図の判読法とそれによる母児の管理法を十分マスターしていないために不必要な帝王切開が増加した可能性は否定できないとされ、また、分娩監視装置と間欠的聴診法(ドップラー法)を比較して、患者対看護婦が一対一で、指定された時間的間隔に従って行えば、胎児状態を知る上で両者の差異はないとの見解もある。

(三) 原告らは、(1) 松峯医師が、事前検査としてノン・ストレステストなど妊娠末期における胎児の状態を確認する試みを行わなかった、(2) 松峯医師が、原告愛子の分娩中、他の産婦の分娩介助を行い、原告愛子の分娩介助業務を放棄したと主張する。

しかし、前記(二)の事実によれば、ノン・ストレステストはハイリスク妊婦では必ず施行すべきであるとされているが、それ以外の妊婦は施行することが望ましい程度であるところ、証拠(原告愛子本人、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告愛子は妊娠中の経過に問題はなくハイリスク妊婦ではなかったこと、分娩に至らない段階において分娩監視装置を使用するか否かは人的・物的資源の要素に左右され、被告医院において時間的ロスや費用対効果を考慮した結果全例については実施しておらず、本件においても同様であったことが認められる。右事実によれば、松峯医師が事前検査としてノン・ストレステストを行わなかったことは、医師の裁量の範囲内というべきであるから、これをもって注意義務違反があったということはできない。

また、なるほど前記一の1認定の事実によれば、松峯医師は、産婦A及び産婦Bの分娩を介助し、その都度原告愛子の許を離れていたことを認めることができる。しかし、分娩の監視について、患者対看護婦が一対一で胎児心拍数の管理を行うことは許容されていることは前記(二)のとおりであるところ、前記一の1認定の事実によれば、原告愛子には終始相当の経験を有する石川看護婦が介助に当たっていたのである。また、前記一の1認定の事実によれば、松峯医師が他の産婦の分娩を介助していた畳の部屋と原告愛子が横たわっていた分娩台はさほど離れていなかったから、原告愛子に装着された分娩監視装置を通じて原告愛子の状況を把握することは可能であったと考えられるし、午後三時二七分ころ以降は佐藤医師が原告愛子の足下で原告愛子の分娩を監視していたのである。そうすると、他の産婦の分娩介助を行ったことから、松峯医師が原告愛子の分娩介助を放棄していたとはいえず、これをもって分娩監視義務違反があったということもできない。

(四) また、原告らは、松峯医師は、分娩監視装置のうち胎児心拍プローブを原告愛子に装着しただけで陣痛プローブを装着せず、分娩監視義務を怠ったと主張する。

前記一の1認定の事実によれば、原告愛子の子宮口は、午後三時一〇分には辺縁にまで達し、午後三時二〇分には全開にまで達して、分娩第二期に移行したのであるから、分娩監視装置を正常に装着して監視すべきであるにもかかわらず、松峯医師は、分娩監視装置のうち、胎児心拍プローブを装着したが陣痛プローブを装着しない不完全な状態で右装置を用いて監視したため、胎児心拍図上現われた除脈を全く認識せず、佐藤医師は、右徐脈を認識したものの、これが回復したと考え、いずれもこれに対する有効な処置をしなかったのであるから、分娩監視義務違反があったというべきである。

しかし、前記一の1認定の事実によれば、右徐脈は午後三時二五分の前後及び午後三時二八分から三一分にかけて現われたものであるところ、前記二の2の(一)の事実に照らすと、午後三時二五分の前後の徐脈に対しては、母体に対する酸素投与、母体の体位変換等の措置を施すべきであったということができるが、この段階において右の措置を施すことによって新生児仮死を防止できたとは考えにくい。そして、午後三時二八分から三一分にかけての徐脈に対しては、急速遂娩の措置を施すべきであったということができるが、右徐脈が現れた時期から娩出までの時間的間隔に照らすと、急速遂娩の措置を施すまでの時間的余裕があったとは考えられない。そうすると、松峯医師らが右の措置を施さなかったことと俊輔の新生児仮死との間に因果関係を肯定するのは躊躇せざるを得ない。

したがって、松峯医師らの右監視義務違反と俊輔の新生児仮死との間に因果関係があると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2  蘇生義務違反について

前記一の2の事実によれば、俊輔は、重度仮死の状態であったから、松峯医師としては、バッグ・アンド・マスク法により俊輔に対し純酸素(又は濃度八〇パーセントの酸素)を投与した後、直ちに気管内挿管を施し、純酸素(又は濃度八〇パーセントの酸素)による人工換気を行い、低酸素状態のもたらす危険の発生を防止すべき義務があったというべきである。しかし、松峯医師は、渡辺医師が被告医院に到着するまでの約四五分間にわたり、自発呼吸がみられないまま、気管内挿管を施さないで、酸素ボンベを接続していないアンビューバッグによる人工換気を漫然と継続していたのであるから、俊輔に対する蘇生について義務違反があり、過失があるというべきである。そして、右の措置を施せば、それによって、俊輔が新生児仮死を原因とする低酸素性虚血性脳症の状態に陥ることを防止することができたものと認められる。

この点、被告は、俊輔は原告愛子の産道の機能的強靱のため強い頭蓋内出血を来たし、重症仮死として出生したものであり、救命不可能であった旨主張するが、右主張を裏付ける証拠はない。

3  以上によれば、被告は、松峯医師らの蘇生措置上の義務違反により、債務不履行責任を負う。

四  損害について

1  逸失利益

俊輔は、死亡当時満零歳の男子であったところ、本件医療事故がなければ、一八歳から六七歳まで四九年間就労し、その間、平成六年賃金センサス第一巻・第一表産業計・企業規模計・学歴計の男子労働者の全年齢平均賃金年額五五七万二八〇〇円を下らない収入を得ることができたものと推認することができ、生活費として収入の五割を控除し、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除するのが相当であるから、以上を基礎として死亡当時の俊輔の逸失利益の原価を算定すると、二一〇三万五九二六円となる(円未満切捨て)。

(計算式)

五五七万二八〇〇円×(一-〇・五)×(一九・二三九〇-一一・六八九五)=二一〇三万五九二六円

2  慰謝料

本件医療過誤の態様及びその程度、俊輔の年齢その他本件に現われた一切の諸事情を考慮すると、俊輔に対する慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当と認められる。

3  相続

原告らは、俊輔の父母であるから、法定相続分に従い右1及び2の損害合計四一〇三万五九二六円の二分の一に当たる二〇五一万七九六三円宛を相続したものである。

4  弁護士費用

本件訴訟の内容、審理の経過及び認容額等諸般の事情に照らすと、本件医療過誤と相当因果関係のある弁護士費用は、原告らそれぞれにつき二〇〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、被告に対し、それぞれ二二五一万七九六三円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成八年九月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

(裁判官 草野真人 裁判官 進藤壮一郎 裁判長裁判官丸山昌一は、差支えのため署名押印することができない。裁判官 草野真人)

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